
1979年10月 香川県高松市生まれ
花ノ宮保育園、栗林幼稚園を経て栗林小学校に入学
共働きの両親の長女(一人っ子)として誕生。親戚の中で一番年下、特に歳も離れていたことから、よくからかわれて、泣いていたけど、それでも遊んでほしくて懲りずにいつも泣かされていたことを思い出す。
共働きだったこともあり「おばあちゃん子」。おばあちゃんが家にいなかったら叫びながら探して回っていたことは近所で有名だったとか。
1992年4月 栗林小学校を経て桜町中学校入学
1995年4月 香川県立高松桜井高等学校入学
中学校ではバスケットボール部に所属。うちの代のチームは強かった…でも…。しかし、先生の信頼は1番あつかったと思う。
高松桜井高校は、新設校ということで受験。狙うはもちろん初代生徒会長の座。ここで初めての選挙を経験。そして見事当選。2期2年間務める。何もないところからの生徒会作りに奔走。
1998年4月 早稲田大学
教育学部教育学科社会教育専修入学
幼いころから、野球「早慶戦」、ラグビー「早明戦」、駅伝で見たえんじ色にWSEDA・Wのロゴに憧れていた。「夢は願っていれば必ずかなう」という母の言葉通り、早稲田大学に入学することができた。
早稲田大学に入学し、さまざまな出身地でいろいろな暮らし方をしてきた多くの人に出会うことができた。
また、政治に興味を持ち始め、小沢一郎政治塾の門をたたく。多くの人生の先輩方と接し、井の中の蛙である自分に気づかされることになった。
2002年4月 富士電機㈱入社[本社、広報室勤務]
就職難の時代であったが、何とか内定をいただくことができた中から、富士電機(株)に入社。広報室にて社内報の編集を行う。また、創立80周年の記念の年に当たり、尽力を尽くすとともに、社内報のリニューアルを手がける。
しかし、社会に出て、社会で働けば働くほど自分の視野の狭さを痛感することとなった。そして、世界的な視野を持ちたい、そして日本人としての誇りとは何かを考えていきたいと思いが日々強まっていった。
2005年4月 渡英
社会に出て気がついたこと。自分の視野の狭さ。この状態から何とか脱出したい、もっと大きな人間になりたいと渡英を決意。
6ヶ月間の語学研修。その後、6ヶ月間のスクールインターン。3~11歳の学校に日本文化を教える先生としてインターンシップを経験した。日本文化との違い、教育システムの違い、そのすべてが驚きの連続だった。休みのたびに近隣各国の文化を触れる旅に。この旅も自分の価値観を変えることにつながっていった。
この歳での渡英。仕事も辞め、帰国後の心配は大きかったが、それよりもはるかに大きいものを得て帰国することができたと思う。
2006年5月~7月中旬 調布市長 長友よしき 私設秘書
縁あって調布市長選挙を手伝うことに。これまでさまざまな種類の選挙を少し手伝ったことはあったが、事務所を任されることは初めての経験であった。選挙とは、人と人とのつながり、思いを大切にしなければならないと感じた。また、自分の思いはもちろんのこと、そこにかかわる多くの方の思いを実現できる、しなければならない人こそ当選した政治家の使命だと強く思う。
そしてこの経験の中から、自らも立ち上がりたいという思いが強くなったことは言うまでもない
2006年9月 民主党香川県連統一地方選公募合格
選挙史上最年少当選(27歳)
皆様方から見たらまだまだ何も知らない、ひよっこ同然の私です。しかし、わが国を良くしたい、わがまちを魅力あるまちにしたい、この思いは誰にも負けません。その実現のために私はより一層の努力を積み重ねていきたいと思います。
←ホノルルマラソン完走